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富山市の整体・カイロプラクティック院『快癒館』のブログ

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カテゴリ:快癒館物語( 15 )

藤岡院長は、6年間受講していた日本カイロプラクティックアカデミー(NCA)を無事に卒業することが出来ました。朝は5:25に起床し、学校から送られてくるDVDとワークブックで勉強し、毎月真面目にレポートを提出してきました。もちろん実技もありますので、大阪までせっせと通いました。度々臨時休業させて頂き、皆様にはご不便をお掛けしました。お詫びするとともに感謝いたします。
6年間を振り返って、時々の心境などを川柳で詠んでみました。

「借金で 通い始めた カイロ校」
「1年目 さっぱり分からぬ 動触診」
「教室に 寝袋持参 語り合う」
「昼休み 愛妻弁当 嬉しいな」
「カミさんと お蔭様に 助けられ」
「今月も 学費払えた ホッとする」 
「寄生虫? そこまで勉強 せにゃいけん?」
「学院長 テキストに沿った 内容を」
「しつこいと 言われながらも 喰らいつく」
「分かるまで 聞くのが俺の 性分だ」
「我が道を 貫く意志と 孤独感」
「5年目で 休学しようか 意志揺らぐ」
「もう1年 感謝をして 過ごします」
「来年の テキストに載る 我が理論」
「たまげたヨ 卒業式で 優秀賞!」
「6年間 先生・スタッフ ありがとう」
「卒業し 誇りに思う NCA」
「これからも 生涯勉強 続けます」
「すごすぎる 先輩たちに 追いつくゾ!」
                               詠み人 ふじさん

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肩こり・腰痛の整体・カイロプラクティックなら/富山県富山市の快癒館
by kaiyukan6654 | 2009-04-01 06:10 | 快癒館物語
本日(2008年8月26日)、快癒館はお蔭さまで9周年を向かえ、いよいよ10年目に突入いたしました。

あの日、あの時、あの寮でギックリ腰になっていなかったら、私は整体の道に進む事もなかったでしょう。
あの痛かった出来事も今となっては有難いことです。

開業してからというもの何度も壁にぶち当たり、閉店を考えた事も度々ありましたが、何とかここまでくる事が出来ました。
数々の励ましの言葉に感謝いたします。

「やめるのは簡単な事だよ。でもそれは逃げる事だよ。」
「ピンチとチャンスは本質的には同じもの。」
「Keep Paddling!あきらめるな、漕ぎ続けろ。」

やると決めたら100%コミット(決断)することが大切のようです。
AとBという選択肢があってAを選んだとしましょう。しかし、私の経験ではたいてい壁が立ちふさがります。そこで、やっぱりBにしようとなりがちなのですが、それでは前に進みません。
Aと決めたら、もうBという選択は断たなければならないのです。
そして、立ちふさがる壁を乗り越えなければならないのです。
最後の最後まで力を出し切って、それでもダメならそこまで。そこで、あきらめればいい、と決めて今まで来ました。

不思議な事にギリギリのところで、何とか壁を越える事ができました。
お蔭さまで今では予約がいっぱいという状況を賜っています。

9年前から少しずつ改善を加えていった結果、9年前と今とでは、問診・検査・整体方法・説明までが全く違うものに進化しました。これからも進化し続け、皆様のお役に立てるよう励んで参りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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追伸
記事とは無関係なアダルトサイトへ誘導するようなコメントの投稿はお断りいたします。
by kaiyukan6654 | 2008-08-26 23:12 | 快癒館物語
2004年10月に、適正価格に改善すべく施術料金の値上げを行った結果、急速に来院数が減り、経営に行き詰ったことがありました。快癒館にとって生きるか死ぬかの瀬戸際でした。しかし、私利私欲でなく、あるべき姿を実現しようと行ったことなので、ダメなら廃業しても後悔はしない。来院数が減ったからといって料金を以前のものに戻すことだけは絶対にしないと腹を決めましたが、胃の痛い毎日でした。

その頃に、友人たちは地球交響曲(ガイアシンフォニー)「第1番」~「第4番」までの上映会と監督の講演会を開催したのですが、私は営業日であったため見ることはできませんでした。上映会が終わってから主催者の1人が龍村監督の講演会のカセットテープをプレゼントしてくれました。

監督は、この映画を作ったものの1年間上映する機会がなかったが、どのようにして上映することが出来たのか。
撮影に行ったが、撮りたい行事の中へ入れず、他国の取材チームは話が違うと怒って帰ってしまったが、自分たちはどういう態度をとったことで、すばらしいシーンを撮影することができたのかというエピソード。
スポンサーによる映画作りをやめ、寄付による映画作りを試みたものの、撮影は非常に順調に進んでいく反面、寄付のスピードがそれに追いつかず支払いが間に合わない・・・が、どう乗り越えたのか等々

思いは実現するということは事実あるのだが、おすがりではなく、どういう意志と選択をするかということが随所に語られ、このテープを繰り返し繰り返し聞くことで、勇気と希望を与えてもらい、快癒館も、その時の危機を乗り越えることが出来ました。

地球交響曲がなかったら快癒館はつぶれていたかもしれない。救ってくれた地球交響曲と友人たちに感謝です。

自然治癒力を高めるために、整体は効果的ですが、根っこの部分で自然との調和が大切になるでしょう。そのきっかけとして地球交響曲を一緒に楽しみませんか。

「幸せは減りません」名嘉睦稔(版画家)  ~地球交響曲「第4番」から~ 

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by kaiyukan6654 | 2007-07-04 07:19 | 快癒館物語
 日本カイロプラクティックアカデミー(NCA)に入門し、学び始めて数ヶ月した頃、大門に先輩がいらっしゃることが分かり、訪ねてみた。すると、「月に2回(今は第二、第四金曜日)、勉強会をしているから良かったら参加してください」とおっしゃっていただき、願ったり叶ったりの心境。仕事が終わって夜の10時から深夜1時頃まで5~8人くらいで日頃の疑問点を中心に、研鑽を重ねています。
 大門の先生は、月に2回、日曜日に金沢でもセミナーを開催されていて、行ける限りそこにも参加させてもらっています。そこでは接骨院の先生が多く受講されています。健康保険制度の崩壊を予期されている先生方は、実費治療でも治せる技術を身に付けたいという思いがあるようです。

 日本の国と地方自治体の借金は、2005年度末で1067兆円。国民1人当りに換算すると847万円の負担。夕張市の負債総額が632億円で市民一人当たり486万円の負担であることを考えると、日本という国も、いつ破綻してもおかしくないですからね。私も制度に頼らず、どんな状況になっても患者さんのお役に立てるようにしておきたいと思って研修に参加し続けています。

 余談ですがツイてる話。たいへん有名なので、ご存知の方も多いと思いますが、「ツイてる、ツイてる」を言い続けていると本当にツイてくるという話。ミソはツイてると思えない時にもツイてると言うそうな。街を歩いてて鳥のフンがポタッと落ちてきた。「岩石じゃなくて良かった、ツイてる、ツイてる」。財布を落としてしまった。「命まで落とさなくて良かった、ツイてる、ツイてる」。どうしてもツイてるとは思えないという時には「想像もできないくらいツイてる」と。

 私はこの話を7年程前に聞き、色々試してみると、確かにツイてくるのです。車をもらったり・・・アパートを探していた時は不動産屋さんから「部屋数が3つ?そんな予算では無いよ」と言われていたのに最後の最後に見つけた。部屋4つ、南向き、4階で立山ビュー。

 そして、シンクロの速度は増し、今の大町南台の物件は、探し始めたその日のうちに、契約。立地、施術室、居住空間ともすばらしい。感謝します!

 だけど家内が流産した時は、さすがにツイてるとは言えませんでした。この時には「ありがとう」って言いました。難が有って、有難う。短い間だったけどお父さんさせてもらったヨって。

 正月に知人から「ツイてるCD」をプレゼントされて・・・よっしゃ~今年は「ツイてる」の他に「嬉しい」「楽しい」「幸せ~」「ありがとう」も、いっぱい言うゾ~

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by kaiyukan6654 | 2007-02-01 06:47 | 快癒館物語
 カイロを習い始めると、自分で言うのもなんですが、着実に技術が向上していきました。
1999年に開業したもののすぐに経営危機に見舞われ、リラクゼーションタイプに変えたことで来院数が増えていったことは以前の記事にも書きましたね。リピーターの方も増え、経営的には安定していったのですが、一方で単なるリラクゼーションではマッサージ師の方に申し訳がないという思いはずっとありました。

 そして、研修を重ねていくにつれて、ムチ打ち症で何年も病院に通い、病院からは「これは治らないもの」と言われてあきらめていた人が、私の施術1回で良くなったとか、「20数年前に足首をねんざして以来、ずっとあった違和感が消えた」ということが起こるようになると、カイロプラクティックとしてやってみたいという気持ちがしだいに強くなっていきました。

 リラクゼーション+α(カイロ)では、中途半端になってしまうので、思い切って現在のカイロプラクティックスタイルに切り替えました。もう後戻りはしない、前に向かって進んでいこう!と心に決めて。

 整体の道に入って今月で丸8年。お蔭様でここまで来ることができました。

 保険医療には、良い面もあるけれど、不得意とする面もあるでしょう。皆様のお役に立てるよう、保険医療が不得意とすることを、整体(カイロプラクティック)だから出来ることを、提供していきたいと思っています。

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by kaiyukan6654 | 2006-12-01 06:10 | 快癒館物語
 私がこの世界に入ったのは、自分自身の腰痛(椎間板ヘルニア)を触らずに1分間の治療で治してもらったことがキッカケながです。それから、氣、潜在意識、人間とは・・・などに興味を持ち、その道を究めたいとの思いが強くなったがです。
「病は気から」と言うように、意識が病気に及ぼす影響は大きいですよね。筋肉・骨格だけ調整していても限界があり、順を追って意識の面からもアプローチできるようになりたいと思ってました。

 勉強のため、色々なところを渡り歩き、2004年にNCA(日本カイロプラクティックアカデミー)へ入門したがです。そこで見たものは・・・

 講師M先生は、生徒を立たせ、見ただけで症状を当てていかれる。そして、M先生の触診技術は、信じられないくらいにソフトで繊細。施術は軽くタッチするだけで「もむ」とか「ポキッ」ということを一切されずに整えていかれる。

 理事長N先生は、見ただけでどの筋肉が緊張していて、どの筋肉が緩みすぎているのかを当てていき、学生に患者(役)の筋緊張を確認させておいて、患者には一切触らずにイメージ(波動)だけで治療されていく。その後、我々受講生が筋緊張を確認してみると、確かに整っている。

 学長S先生は、心の問題に焦点を当て、様々な症状を改善させていくという方法をとられていた。

 それらの高等技術は6年間の基本的なカリキュラムの後、卒業生を対象に学べるようです。一歩、一歩階段を昇って行くしかない。

 しかしながら、通い始めたものの、月謝と交通費が重くのしかかる。通わなければ生活は一時的には楽になるが、進歩しない。道を究めるため、人生の法則を自ら実証するために飲食店を廃業し全てを賭けたのだ~。今(当時)こそ、その法則を試す時!「今月が最後の実習になるかもしれない。しっかり勉強しよう!」「・・・越せた。(また)今月が最後かも・・・」と(当時)思いながら何とかここまで来れました。
感謝!合掌   (つづく)

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by kaiyukan6654 | 2006-11-02 13:00 | 快癒館物語
 カイロとは直訳すると「手」、プラクティックは「療術」だから、「手による療術」で整体と同義のように思うのですが・・・。
 日本では、整体もカイロプラクティックも国家資格ではないから、カリキュラムも技術レベルも様々なのですが、欧米では、カイロプラクティックは国家資格であり、
Doctor of Chiropractic(DC)と認められ、医師と同格なのです。

 さて、日本のカイロ事情は、追々紹介するとして、従兄弟の所属するカイロプラクティック団体で手技を習いに大阪へ、月に1回通うことにした。来てるは来てるは、全国から100名近くが集まって、午前中はレントゲン画像分析、午後からは手技を学んだ。

 私が学んだ整体学校では、骨盤矯正と言っても、誰に対しても同じように背骨・骨盤をポキポキッとしていたが、そのカイロプラクティック団体(J○AC)では、ゆがみを分析し、ゆがんでいる方向から、本来あるべき位置へ向かって瞬間的に骨を動かす手法(直接法)を教えていた。これには、非常に納得し、考え方の幅が広がった。
(ところが、のちに他の団体で、ゆがんでいる方向へ更に持続圧をかけることにより、調整する方法(間接法)もあることを知って驚くことになる)

 J○ACでは、多くの(あらゆる)症状の原因は、背骨と骨盤にあるという考えであった。その理屈はよく理解できなかったが、ともかく義母のヒザ痛がヒザをまったく触ることなく、背骨の調整で痛みが消えたことで、カラダのつながり、技術の効果を確認できた。
(現在は、日本カイロプラクティックアカデミーで全身(四肢)の関節調整法を学び、多角的な見地から調整しています)

 そのJ○ACに1年ほど通って気づいたことは、カイロプラクティックのテクニックだけ習ってても、わからないことだらけになってしまう。学べば、わからなかった事がわかるようになるのだが、また新たな疑問が湧いてくる。
相反する理論。何が正しいのか?
カイロプラクティックを1から学びたくなった。

 NPO法人日本カイロプラクティック機構が運営するカイロIT学園を受講し、1年後、その教材を提供している日本カイロプラクティックアカデミー(NCA)に編入し、6年カリキュラムの講座を受講することを決意する。日本のカイロプラクティック界を引っ張ってきたNCA。そこで、驚愕の技術を目の当たりにする。

そこで見たものは・・・                         (つづく)

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by kaiyukan6654 | 2006-10-02 21:46 | 快癒館物語
 開院して1年くらい経った(2000年)頃、家内が腰痛を起こした。左腰の筋肉がやけに硬く、ほぐせど緩んでこ~ん。そこで私は家内に、上手だと評判のA治療院へ行くようススメた。さっそく治療に行き、帰ってきた。「どうだった?」聞くと、痛みはほとんどなく、なんとポッコリしていた左腰が元通り!背中を数ヶ所ポキッとヒザで矯正されただけで、ほとんど筋肉操作はしとらんと・・・。

 私も学校で背骨の矯正は習ったがやけど、どこが違うがけ?そしてその技を修得したくなった。その治療院の定休日は日曜と水曜。当時、快癒館の定休日も日曜にしていたので、行ける日がない。しばらく通うには、定休日を変えるしか方法はない。すべては患者さんのため・・・よし、定休日を変えよう!

 その頃、時々快癒館にリラクゼーションにいらしてたBさんは、右腕にシビレがあり、どこへ行っても良くならないとおっしゃってたので、その治療院のことを話すと「行ってみます」ということになった。数日経ってその方が来院されシビレはほぼ無くなっていた。やっぱスゴイなぁ!
 定休日を変えるやいなや、さっそく患者を装って行ってみた。治療を受けていると、A先生が「仕事は何やってる?」と聞いてこられたので、一瞬迷ったけど、「整体です」と言うと、「ひょっとして、誰かウチに紹介したか?」「ハイ、しました」「オマエか~・・・何か聞きたいことがあったら何でも聞いていいぞ」と言って頂き、それ以降、毎週通い続け、わからない事を質問し、技を盗んだ。自分の体は良くなったけど、勉強したいからと結局9ヶ月間、毎週通わせてもらった。背骨と骨盤の調整方法は、だいたい理解できたのだが、頚椎(首の骨)の調整方法だけは、手取り足取り指導してもらわないと不可能だと悟った。

 そんな頃、兵庫県の従兄弟からカイロプラクティックを勉強しないかと誘いを受けた。首の調整方法を聞くと、まさに勉強したいと思っていた手法だった。
                      (次回・・・カイロプラクティックの扉をたたく)

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by kaiyukan6654 | 2006-09-01 06:40 | 快癒館物語

快癒館物語vol.6 方向転換

 1999年8月に堤町通りに開業したものの、飲食店と違ってチラシをまいても一気に来院数が増えるという訳にはいかず・・・・・紹介によって少しづつ増えてはいくものの赤字続きで貯金を食いつぶし、いよいよ底が見えてきました。テナントの解約は2ヶ月前に申し出なければならなかったため2000年2月もう限界だと予測し、大家さんに解約を申し出ました。開業してわずか半年で廃業かぁ~。

 さ~て、この先どうするか。以前、学校に求人があり、先輩が面接を受けたものの「実績がないから」と不採用になった整形外科を当たってみようと思い立ち、手紙を書いたのですが、門前払い。
 
 学校の先生に相談してみたら「もうすぐ、○○サウナに卒業生を入れて整体部門を発足させることになるから、一緒にやってみないか」とのお話を頂けた。
快癒館の仕事が終わってから、深夜0時までサウナでアルバイト。そこのやり方は、誰がやってもバラツキが無いように、誰に対しても同じ事をするというリラクゼーション的な整体でしたが、これがなかなか好評だったのです。筋肉はほぐれ、最後に背骨と骨盤をポキポキすると結構スッキリする。(この頃はまだ、骨盤や背骨のズレを確認することなく、関節に動きをつける的な調整でした。現在快癒館では、リスクを少なくし、効果を高めるため変位のある箇所のみ調整してます)

 その頃、同期だった女性の人が快癒館に見え、雇ってほしいと言われたので、「もうすぐ、やめるんですよ。なんなら、ここでやってみられません?器材は全て揃ってるし、患者さんもある程度ついてるから、やり方しだいでは繁盛すると思いますよ」と言って・・・ハッとした。

 だったら自分でやりゃぁえぇやん。

 幸いその女性は開業する気はないようだったので、大家さんのところへ行き、「もう一度チャンスをください」と解約を撤回させて頂いた。そして、看板を「整体」から「疲れた体をリフレッシュ」に、「白衣」を「作務衣」に変えて、リラクゼーションスタイルにリニューアル。得意分野に特化し、苦手な部分は時間をかけて、実績を積み、徐々に幅を広げていこう。

 そして、だんだん来院数が増えていき、軌道に乗ってきた。
 そんな頃、家内が腰痛を起こした。左腰の筋肉がやけに硬くなっている。ほぐせど緩んでこない。そこで私は家内に、ある提案をした。
                            (次回・・・虎穴に入らずんば)

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肩こり・腰痛の整体・カイロプラクティックなら/富山県富山市の快癒館
by kaiyukan6654 | 2006-08-02 07:01 | 快癒館物語
【番外編】
 先月、たびたび店を空ける日が続いてしまい、お電話いただいた方には、たいへんご不便をお掛けし申し訳ありませんでした。
家内が15週で流産してしまい、病院を行ったり来たりしていました。

 結婚して今年で11年。5年前にも身ごもったのですが、2回目の検診時で心拍がありませんでした。
そして、今年、待望の赤ちゃんが授かったと喜んでいましたが、ある日、出血し入院。毎日安静を保ち、いいイメージを浮かべ、苦手なお薬も服用し、できることはすべてやったのですが赤ちゃんは短い生涯を終えました。でも、赤ちゃんの存在はその間とても多くの幸せを与えてくれました。授かったとわかった時、家内や実家の母は涙して喜び、出血して入院した時には、仲間が励ましてくれ、義母や知人は食事を持ってきて下さった。看護婦さんはとても優しく、白衣の天使と呼ぶにふさわしかった。私は毎日、病院へ行き、お腹に手を当てて、声をかけた。その時、私は確かに父親をしていた。
赤ちゃん、私たち二人のところへ来てくれてありがとう。
(先月号ではシンクロについて書きましたが、人生はこのように思い通りに行かないことが多々ありますね。)

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肩こり・腰痛の整体・カイロプラクティックなら/富山県富山市の快癒館
by kaiyukan6654 | 2006-08-01 07:01 | 快癒館物語

人生をすばらしく!


by kaiyukan6654